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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)142号 判決 1999年5月31日

京都市南区東九条西明田町57番地

原告

株式会社京都第一科学

代表者代表取締役

土井茂

訴訟代理人弁理士

永田久喜

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

市川信郷

後藤千恵子

小林和男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成8年審判第14970号事件について、平成9年4月24日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和63年7月14日(国内優先権主張、昭和62年7月14日)、名称を「グリコヘモグロビンの自動測定方法及び試料導入バルブ」とする発明につき特許出願をした(特願昭63-175389号)が、平成8年7月8日に拒絶査定を受けたので、同年9月3日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成8年審判第14970号事件として審理したうえ、平成9年4月24日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年5月19日、原告に送達された。

2  本願明細書の特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨

高速クロマトグラフィーによりグリコヘモグロビンの分画を測定する場合において、試料容器に採取した多数の血液試料を全血或いは血球層のまま待機させ、試料容器を順次サンプリング部に送り込み、サンプリングノズルから吸引した血液試料を不安定型HbA1c除去試薬を含む溶血液と混合して希釈させ、該混合液の一部を試料導入バルブの試料ループに導き混合開始から一定時間後にカラムに注入して、不安定型HbA1cを除去或いは低減した状態で測定することを特徴とするグリコヘモグロビンの自動測定方法。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願第1発明が、特願昭61-177599号の出願当初の明細書(特開昭63-36143号公報、以下「先願明細書」という。)に記載の発明(以下「先願発明」という。)と同一であり、本願第1発明の発明者が先願明細書に記載された発明者と同一であるとも、本願出願時に、その出願人が先願発明の出願に係る出願人と同一であるとも認められないから、特許法29条の2の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

1  審決の理由中、本願第1発明の要旨、先願明細書及び本願明細書の各記載事項、本願第1発明と先願発明との一致点及び相違点の各認定は認め、相違点についての判断は争う。

審決は、先願発明の技術事項を誤認して、本願第1発明と先願発明との相違点についての判断を誤り、本願第1発明が先願発明と同一であるとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

2  取消事由(相違点についての判断の誤り)

審決は、本願第1発明と先願発明との相違点、すなわち、「本願第1発明では、『混合開始から一定時間後にカラムに注入』しているのに対して、先願明細書に記載の発明(注、先願発明)では、混合後にカラムに注入しているものの、混合開始から一定時間後であるかどうか明記されていない点」(審決書9頁11~15行)につき、「先願明細書記載の発明は、・・・溶血剤で希釈した試料を分離カラムに注入する前に加熱処理するものであり、そして、この加熱処理時間は、・・・一定の時間で行われるものである。そうすると、先願明細書に記載の発明においても、混合液は、混合開始から一定時間後にカラムに注入されることになる。したがって、この相違点は、実質的には相違点ではない。」(同10頁12行~11頁1行)と判断したが、それは誤りである。

(1)  本願第1発明は、血液試料を溶血剤と混合希釈させた混合液の一部を、「混合開始から一定時間後にカラムに注入して、・・・測定すること」(本願第1発明の要旨)を要件としている。そして、この「一定時間後」とは、「混合開始から一定の定められた時間の経過後直ちに」ということであり、すなわち、正確な測定値を得るために溶血剤との混合開始からカラム注入までの時間を一定にすることを意味する。

このことは、本願明細書に、従来技術に関して「溶血するタイプでは、溶血後の経過時間や測定までの経過温度によって安定型HbA1cの量も変動してしまう欠点があった。特に、多数の検体を自動測定する場合に血液試料を分解試薬を含む溶血液で希釈しておくと、待機中の検体のうち、後で測定する検体の経過時間が長くなり、分解反応が過剰に進行して検体が変性してしまう欠点があった。」(甲第2号証3頁左上欄5~12行)と、「発明が解決しようとする課題」として、「本発明は、・・・不安定型HbA1c除去試薬(分解試薬)を用いて・・・不安定型HbA1c以外のグリコヘモグロビンの分解や変性を押さえて高精度で再現性良く安定型HbA1cの測定を行なう方法を提供することを目的とする。」(同頁左上欄15~右上欄1行)と、「課題を解決するための手段」として、「上記目的は、多数の血液試料を全血或いは血球層のまま待機させておき、測定の順番がきた時点でサンプリングして速やかに不安定型HbA1c除去試薬を含む溶血液で希釈して混合し、混合開始から一定の定められた時間経過後に、高速液体クロマトグラフ装置のカラムに注入することにより達成される。」(同頁右上欄11~17行)、「溶血後の反応の進み具合は当然に不安定型HbA1c除去試薬の性能に左右されるが、また反応開始後の経過時間と経過温度の関数ともなる。・・・分析時間や試薬の分解能力を勘案して、測定までの時間が一定になるように、試料導入バルブ部分を含む送路の全体或いは一部を温度コントロールする。」(同4頁左上欄15行~右上欄7行)と、それぞれ記載されていることに照らして明らかである。

(2)  審決は、先願明細書に、実施例1として「無添加生新鮮血試料では、50℃加熱でも2分で良く」(甲第3号証4頁左上欄17~18行)と、実施例2として「ヒートブロック加熱温度65℃、加熱時間1.5分以外の条件は実施例1と同じとした」(同頁右上欄5~7行)と、それぞれ記載されていることを根拠として、先願発明の加熱処理が一定の時間で行われるものであり、そうすると、先願発明においても、混合液は混合開始から一定時間後にカラムに注入されることになると判断したものである。

しかし、先願発明は、血液を溶血剤で混合希釈した試料がサンプルテーブルにセットされ、次いで、試料吸引ノズルによりヒートブロックまでの試料輸送管が試料で満たされる量吸引され、ヒートブロック部分で加熱処理された後、その加熱処理された試料の一部が試料計量用サンプルループに導かれ、試料導入装置から分離カラムに注入されるものである(同3頁右上欄16行~左下欄2行、同頁右下欄11~14行)。この場合、血液を溶血剤で混合希釈してから加熱を開始するまでの間に、少なくとも溶血剤を混合した試料容器をサンプルテーブルにセットし、その試料容器中の試料をサンプリングノズルで吸引するまでの時間が必要であるところ、各試料容器がサンプルテーブル上に保持されている時間は、1回の連続測定でテーブル上にセットされる試料容器の数とセット位置とにより、各試料容器ごとにまちまちとなることは明らかであり、したがって、たとえ加熱処理の時間が一定であっても、溶血剤の混合開始からカラムに注入するまでの時間が一定になるということはできない。審決は、先願発明において、加熱処理の時間が直ちに混合からカラム注入までの時間となるものと誤認した結果、その判断を誤ったものである。

先願発明は、反応を促進するため、血液を不安定型糖化ヘモグロビンの除去試薬を含む溶血剤で希釈した試料を、カラムに注入する前に加熱処理することを要旨とするものである。先願明細書には溶血剤の混合からカラム注入までを一定時間にするという記載は全くなく、これを示唆する記載も存在しない。すなわち、先願発明には、本願第1発明のように、正確な測定値を得るために、溶血剤の混合開始からカラム注入までの時間を一定にするという技術思想はそもそも存在しないのである。

(3)  被告は、テーブル加熱の態様においては、溶血剤で混合してテーブルにセットすると同時に加熱が開始され、一定時間加熱された後にカラムに注入されることになるから、溶血剤との混合からカラム注入までの時間が一定になると主張する。該主張のうち、溶血剤で混合してテーブルにセットすると同時に加熱が開始されることは認めるが、その余は誤りである。すなわち、後記のとおり、オンラインで連続的に処理する場合には、後にセットされるものほどテーブル上での滞留時間が長くなるから、テーブル加熱の態様といえども、溶血剤との混合からカラム注入までの時間が一定になるとはいえない。もとより、先願明細書にその旨の記載もない。

また、被告は、先願明細書に、溶血剤との混合開始から加熱開始までの間の非加熱時間を各試料ごとにまちまちとする旨の記載はなく、一群の試料について測定を行う場合には各試料を一定の処理条件で取り扱うのが、化学分析の処理において通常のことであるから、先願発明は、ヒートブロックで加熱する態様のものも、処理条件を同一とするために、当然各試料について非加熱時間を一定の時間とするものであると解される旨主張する。しかしながら、上記のとおり、先願明細書には、溶血剤の混合からカラム注入までを一定時間にするという記載、示唆は全く存在しない。非加熱時間を各試料ごとにまちまちとする旨の記載もないが、それは、その重要性を認識していなかったからにすぎない。一群の試料について測定を行う場合には各試料を一定の処理条件で取り扱うのが化学分析の処理において通常のことであることは認めるが、先願発明は、マニュアル操作の場合を除いては、溶血剤との混合からカラム注入までの時間を一定とすることができない。すなわち、機器分析による連続測定の場合には、本願第1発明を例外として、省力化のために予め溶血剤による希釈混合が行われ、測定するすべての試料が次々にサンプルテーブルにセットされるのが通例である。そして、混合希釈に要する時間と比較して測定時間は長くなるから(先願明細書の実施例2では、加熱時間1.5分、カラム内での経過時間7.1分とされ、カラムの洗浄等の時間を加えれば、8.6分以上となる。これに対し、混合希釈に要する時間は10~20秒程度である。)、後にセットされるものほどテーブル上での滞留時間が長くなるのである。なお、本願第1発明がマニュアル操作によるものでないことは、その発明の要旨から明白であるので、仮に先願発明についてマニュアル操作だけを考えるとすれば、本願第1発明と先願発明とはその点で異なる発明であることになる。

さらに、被告は、昭和61年1月25日発行の吉野二男外1名編「日本分光学会測定法シリーズ11 血液検査における自動化測定法」(乙第1号証、以下「吉野文献」という。)の記載を引用して、連続的に並べられた一群の血液試料を常に一定のシーケンスで作動させることが周知であると主張するが、吉野文献の図3.2に記載された分析装置は、無色透明の血漿、血清を検体として多項目を同時測定するものであるのに対し、HbA1cの測定は、血液全体(全血)を検体とするものであり、その測定にはカラムを使用しなければならず、多項目同時測定にもなじまないから、吉野文献に記載された事項によって、本願第1発明が容易に発明をすることができるものではない。

第4  被告の反論の要点

1  審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

2  取消事由(相違点についての判断の誤り)について

原告は、先願発明について、血液と溶血剤との混合開始からカラムに注入するまでの時間が一定にならないと主張するが、誤りである。

(1)  先願明細書の実施例1には、加熱処理の温度と時間を変えて、不安定型HbA1cの除去効果を調べたことが記載されており(甲第3号証4頁左上欄10~20行)、その結果が第2図に示されているが、この第2図は、その加熱温度において必要な処理時間が決定できることを示しており、実施例2には、ヒートブロックによって加熱する態様により、実施例1で決定した処理に必要な加熱時間に基づき、加熱時間を一定にして一群の試料の測定を行ったことが記載されている(同頁右上欄1~7行)。すなわち、審決が認定するとおり、先願発明においては、加熱処理が一定の時間で行われるものである(審決書10頁15~16行)。

そして、一群の試料について化学分析を行う場合には、同じ条件で行わなくてはならないから、分析に先立って試料を処理する場合においても、一群の試料については当然同じ条件で処理が行われることになる。そうすると、先願明細書に記載された加熱時間を一定にするということは、実施例2のヒートブロックによって加熱する態様のみに限定されるものではなく、後記テーブル加熱の態様(甲第3号証2頁右下欄9~11行)においても加熱時間は一定でなければならない。

(2)  原告は、先願発明においては、血液を溶血剤で混合希釈してから加熱を開始するまでの間に時間が必要であると主張するところ、確かに、実施例2に記載されたヒートブロックで加熱する態様のものは、溶血剤の混合開始からヒートブロックに至るまでの時間が加熱時間に含まれるものではない。しかし、先願明細書には、加熱処理方法がオンライン、オフラインのどちらでも差し支えない旨が記載され、オンラインの方法について、試料容器を並べるオートサンプラーのテーブル全体を加熱することが例示されている(甲第3号証2頁右下欄6行~14行)。このテーブル加熱の態様においては、血液を溶血剤で混合希釈してテーブルにセットすると同時に加熱が開始されることになり、そして、上記のとおりテーブル加熱の態様においても一定時間加熱された後に、カラムに注入されることになるから、溶血剤との混合からカラム注入までの時間が一定になるものである。

(3)  のみならず、先願明細書の実施例2に記載されたヒートブロックで加熱する態様のものについても、血液と溶血剤との混合開始からカラム注入までの時間が一定であるということができる。

すなわち、先願発明において加熱時間が一定であることは上記のとおりであるところ、先願明細書には、溶血剤との混合開始から加熱開始までの間の非加熱時間を一定にするとの明示の記載はないが、各試料ごとにまちまちとする旨の記載もない。そして、一群の試料について測定を行う場合には各試料を一定の処理条件で取り扱うのが、化学分析の処理において通常のことであるから、先願発明においては、この非加熱時間についても、処理条件を同一とするために、当然各試料について一定の時間とするものであると解される。また吉野文献(乙第1号証)に、その図3.2(同号証105頁)に記載された自動分析装置に関し、「図3.2は動作原理図を示す.ターンテーブルに並べられた検体は、ピペッタにより吸引され、項目ごとに定められた一定量が各反応管に吐出、分配される.次いで反応管には試薬が分注され、検体と混合し、一定温度の下で反応が開始される.反応管はチェーンにより、1段階18秒周期で右に間歇駆動する.」(同104頁下から4行~105頁1行)と記載されているとおり、血液試料の連続自動測定の技術において、連続的に並べられた一群の血液試料を常に一定のシーケンスで作動させることも周知である。したがって、先願発明において、この非加熱時間が各試料ごとにまちまちとなるとの原告主張は誤りである。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由(相違点についての判断の誤り)について

(1)  本願明細書に、「本発明は、高速液体クロマトグラフィにより不安定型HbA1c除去試薬(分析試薬)を用いて迅速なグリコヘモグロビンの分析を行うとともに、不安定型HbA1c以外のグリコヘモグロビンの分解や変性を押さえて高精度で再現性良く安定型HbA1cの測定を行う方法を提供することを目的とする。」(審決書6頁4~10行)、「溶血後の反応の進み具合は当然に不安定型HbA1c除去試薬の性能に左右されるが、また反応開始後の経過時間と経過温度の関数ともなる。測定に要する時間は、サンプリングや希釈混合、送液、洗浄等の操作をする時間と加温時間の和であり、多数の試料を処理するには測定時間が短い方がよい。従って、試薬の不安定型HbA1c分解能力が低ければ、不都合例えば試料の変質を来さない範囲で検体(混合液)の送路を加温することにより反応時間の短縮が図れる。この場合、分析時間や試薬の分解能力を勘案して、測定までの時間が一定になるように、試料導入バルブ部分を含む送路の全体或いは一部を温度コントロールする。」(同6頁15行~7頁7行)との各記載があることは、当事者間に争いがなく、本願明細書(甲第2号証)には、さらに、「従来の技術」として、「ヘモグロビンに糖が結合したグリコヘモグロビン(HbA1)は糖尿病患者に多く見られ、殊にHbA1cは人間ドック等の健康スクリーニングや糖尿病の長期コントロールの指標として重要な測定項目となってきている。・・・過去の血糖値と良い相関を示すのはHbA1cの内安定型と言われるもので、他に割合は少ないが不安定型のものがある。・・・従って、安定型のみを分離して測定することが望ましい。・・・安定型HbA1cを分離測定する・・・方法として、前処理で不安定型HbA1cを化学的に分解除去する方法がある。・・・しかし、これらの前処理は時間がかかるとともに、不安定型HbA1cの分解に伴って他のグリコヘモグロビンや純ヘモグロビン(HbA0)の分解や変性も同時に進行する。また溶血するタイプでは、溶血後の経過時間や測定までの経過温度によって安定型HbA1cの量も変動してしまう欠点があった。特に、多数の検体を自動測定する場合に血液試料を分解試薬を含む溶血液で希釈しておくと、待機中の検体のうち、後で測定する検体の経過時間が長くなり、分解反応が過剰に進行して検体が変性してしまう欠点があった。」(同号証2頁左上欄18行~3頁左上欄12行)との記載があるところ、これらの記載と本願第1発明の要旨とによれば、本願第1発明は、血液試料の多数の検体につき、不安定型HbA1c除去試薬を含む溶血剤と混合希釈する前処理を経て、グリコヘモグロビンの自動測定をする方法において、多数の検体のそれぞれについて、溶血剤と混合を開始してからカラムに注入するまでの時間を一定にする構成を採用することにより、不安定型HbA1c以外のグリコヘモグロビンの分解や変性を防いで、高精度で再現性のよい安定型HbA1cの測定ができるとの効果を奏するものであると認めることができる。

(2)  他方、先願明細書に、「不安定型糖化ヘモグロビンの除去試薬を含む溶血剤で希釈した試料を分離カラムに注入する前に、加熱処理して不安定型糖化ヘモグロビンを除去することを特徴とする高速液体クロマトグラフィーによる安定型糖化ヘモグロビンの測定方法」(審決書3頁11~15行)の発明が記載され、その実施例2に「本法と生理的食塩水による処理法である従来法と測定値の比較を行った。試料は健常人および糖尿病患者の抗凝固剤の入った新鮮血を用いた。本法の測定条件は、ヒートブロック加熱温度65℃、加熱時間1.5分以外の条件は実施例1と同じとした。」(同5頁14~末行)との記載があることは、当事者間に争いがなく、先願明細書(甲第3号証)には、さらに「本発明装置の実施態様例を第一図に示す。・・・試料は、まずサンプルテーブル(6)にセットされ、次いで試料吸引ノズル(7)により、ヒートブロック(8)までの試料輸送管(10)が試料で満たされる量吸引される。そしてヒートブロック(8)部分で加熱処理され、その後加熱処理された試料の一部が試料計量用サンプルループ(11)に導かれ、試料導入装置(12)から分離カラム(14)へと注入されていく。」(同号証3頁左上欄13行~左下欄2行)との記載、及び実施例1として「加熱処理の温度と時間を変えて、不安定型糖化ヘモグロビンの除去効果をみ、その結果を第二図に示す。・・・グルコースを添加し、不安定型糖化ヘモグロビンをinvitroで生成させた試料でさえ、50℃加熱の場合8分で、65℃では1分で不安定型糖化ヘモグロビンが除去されている。無添加生新鮮血試料では、50℃加熱でも2分で良く、従来の37℃30分以上というふ置による除去に比べ、非常に短時間に処理できることがわかる。」(同4頁左上欄10~20行)との記載がある。

そして、加熱処理の温度と時間を変えて不安定型糖化ヘモグロビン(不安定型HbA1c)の除去効果を見た旨の前示実施例1の記載及びその結果を表示した第二図により、特定の加熱時間において不安定型HbA1cを除去するのに必要な加熱時間を決定することができることが示されており、実施例2に、これにより決定したヒートブロック加熱温度65℃で加熱時間を1.5分として、すなわち加熱時間を一定にして、一群の試料の測定を行ったことが記載されているから、前示各記載によれば、「先願明細書記載の発明は、・・・溶血剤で希釈した試料を分離カラムに注入する前に加熱処理するものであり、そして、この加熱処理時間は、・・・一定の時間で行われるものである。」(審決書10頁12~16行)との審決の認定に誤りはない。

(3)  ところで、先願明細書(甲第3号証)には、「加熱処理方法としては、分離カラムに試料を注入する前に加熱せねばならないが、オンライン、オフラインどちらでもさしつかえない。オンラインの場合の該加熱処理の場所としては、試料容器を並べるオートサンプラーのテーブル全体を加熱する・・・などによることが考えられる。」(同号証2頁右下欄6~14行)との記載があり、前示実施例2に記載されたヒートブロック部分で加熱する態様のほか、このようなテーブル加熱の態様が記載されているところ、かかるテーブル加熱の態様においては、溶血剤で混合してテーブルにセットすると同時に加熱が開始されることは当事者間に争いがない。そして、このことは、血液と溶血剤との混合希釈から分離カラムに注入するまでの時間と加熱処理の時間とが実質的に等しくなることを意味するものである。しかるところ、一般に、一群の試料について化学分析を行う場合においては、該一群の試料に係る条件を同一にすべきこと、したがって、分析に先立って試料を処理する場合には、該一群の試料を同一の条件で処理すべきことは、分析処理の原則であり、技術常識である。そうであれば、前示先願明細書に記載された加熱時間を一定にすることは、実施例2のヒートブロックで加熱する態様のみならず、テーブル加熱の態様においても当然採用されるものというべきであり、さらに、血液と溶血剤との混合に要する時間はほぼ一定であると考えられる(このことは、混合希釈に要する時間は10~20秒程度であるとの原告の主張からも窺える。)から、結局、先願明細書には、先願発明が、テーブル加熱の態様においては、血液と溶血剤との混合開始から一定時間後にカラムに注入されるものであることが記載されているものと認められる。

原告は、オンラインで連続的に処理する場合には、省力化のために予め溶血剤による希釈混合が行われ、測定するすべての試料が次々にサンプルテーブルにセットされるのが通例であり、混合希釈に要する時間と比較して測定時間は長くなるから、後にセットされるものほどテーブル上での滞留時間が長くなって、テーブル加熱の態様でも、溶血剤との混合からカラム注入までの時間が一定になるとはいえないと主張するが、前示のとおり、先願明細書には、加熱時間を一定にすることが記載されており、そのことはテーブル加熱の態様にも妥当するものというべきところ、テーブル加熱の態様では、加熱時間を一定にするためには、テーブル上での滞留時間を一定にする必要があるので、原告の該主張を採用することはできない。

(4)  それのみならず、前示の一群の試料について化学分析を行う場合においては、該一群の試料に係る条件を同一にすべきであるとの分析処理の原則に鑑みれば、化学分析の方法に係る発明においては、明細書に一群の試料に係る条件を敢えてまちまちとする旨が記載又は示唆されていたり、該方法のために通常用うべき装置等では該条件を同一にすることが容易でない等の格別の事情が存しない限り、明細書にその条件を同一とすることが特に記載されていない場合であっても、該分析処理の原則に従い、これを同一とすることが前提とされているものとして、当該発明を解釈するのが相当であり、このことは、当該発明において、該条件を同一にすることが特に重要であると認識されていると否とにかかわらないものというべきである。

そして、分離カラムにおけるグリコヘモグロビンの測定との関係において、溶血剤との混合開始からカラム注入までの時間の経過は、化学分析における条件の一つであるというべきであるところ、前示のとおり、先願明細書に、血液と溶血剤とを混合した後、分離カラムに注入する前に、一群の試料について加熱時間を一定にすることは記載されているものの、ヒートブロックで加熱する態様においては、混合開始から一定時間後に分離カラムに注入することは記載されていない。しかし、先願明細書(甲第3号証)には、溶血剤との混合開始からカラム注入までの時間をまちまちとする旨の記載や示唆も見当たらない。また、吉野文献(乙第1号証)には、その図3.2(同号証105頁)に記載された「同時20項目、1時間に100検体を処理できる」(同104頁下から5行)血液の自動分析装置である「島津CL-20型」に関して、「図3.2は動作原理図を示す.ターンテーブルに並べられた検体は、ピペッタにより吸引され、項目ごとに定められた一定量が各反応管に吐出、分配される.次いで反応管には試薬が分注され、検体と混合し、一定温度の下で反応が開始される.反応管はチェーンにより、1段階18秒周期で右に間歇駆動する.以下、必要に応じ第2、第3の試薬が添加され、所定の位置で反応液はフローセルに吸引され、分光光度計により吸光度または吸光度変化率が測定される.・・・反応管は反応液吸引後反転し、洗浄、乾燥されて元の検体分注位置に戻り、連続して分析が行われる.」(同104頁下から4行~105頁5行)と記載されており、この記載によれば、血液試料の連続自動測定の技術分野において、一群の血液試料にそれぞれ試薬を注入混合し、一定の温度下で反応させたうえで分析測定するにつき、連続的に並べられた一群の試料を一定のシーケンスで作動させて行うことが周知であったことも認められる。

そうすると、先願明細書に、先願発明のヒートブロックで加熱する態様において、溶血剤の混合開始から一定時間後に分離カラムに注入することが記載されていないとしても、前示の一群の試料について化学分析を行う場合においては、該一群の試料に係る条件を同一にすべきであるとの分析処理の原則に鑑みて、先願発明は、該態様において、一群の試料につき、加熱時間のみならず、溶血剤の混合開始から分離カラム注入までの時間を一定にすることが前提とされているものと解するのが相当である。

原告は、吉野文献の図3.2に記載された血液自動分析装置が、血漿、血清を検体として多項目を同時測定するものであるのに対し、HbA1cの測定は、全血を検体とするものであり、その測定にはカラムを使用しなければならず、多項目同時測定にもなじまないから、吉野文献に記載された事項によっては、本願第1発明が容易に発明をすることができるものではないと主張するが、同図に記載された血液自動分析装置(島津CL-20型)自体が血漿、血清を検体として多項目を同時測定するものであるとしても、該記載によって、血液試料の連続自動測定の技術分野において、一群の血液試料にそれぞれ試薬を注入混合し、一定の温度下で反応させたうえで分析測定するにつき、連続的に並べられた一群の試料を一定のシーケンスで作動させて行うことが周知であったことが示されていることに変わりはなく、HbA1cの測定のように、全血を検体とし、これに溶血剤を注入混合して一定の温度下で反応させたうえで、カラムに注入して単項目測定を行うものであるからといって、連続的に並べられた一群の試料を一定のシーケンスで作動させて行うことができないとする理由は見い出せない。そして、そうであれば、先願発明が、マニュアル操作の場合を除いては、溶血剤との混合からカラム注入までの時間を一定とすることができないとの原告主張も採用することができない。

(5)  そうすると、先願発明は、テーブル加熱の態様及びヒートブロックで加熱する態様のいずれにおいても、血液と溶血剤との混合開始から一定時間後にカラムに注入される構成であるものと認められるから、本願第1発明と先願発明との相違点につき、「先願明細書に記載の発明においても、混合液は、混合開始から一定時間後にカラムに注入されることになる。したがって、この相違点は、実質的には相違点ではない。」(審決書10頁16行~11頁1行)とした審決の判断に誤りがあるとはいえない。

2  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成8年審判第14970号

審決

京都府京都市南区東九条西明田町57番地

請求人 株式会社 京都第一科学

大阪府大阪市北区天神橋二丁目3番10号 ニチエンビル803 永田国際特許事務所

代理人弁理士 永田久喜

昭和63年特許願第175389号「グリコヘモグロビンの自動測定方法及び試料導入バルブ」拒絶査定に対する審判事件(平成1年4月17日出願公開、特開平1-97857)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1. 本願発明

本願は、昭和63年7月14日(国内優先権主張、昭和62年7月14日)に出願されたものである。

本願発明は、明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲の第1~6項および第7項に記載された「グリコヘモグロビンの自動測定方法」または「試料導入バルブ」を要旨とするものと認められるところ、その第1項の発明(以下、「本願第1発明」という)は次のとおりである。

「 高速クロマトグラフィーによりグリコヘモグロビンの分画を測定する場合において、試料容器に採取した多数の血液試料を全血或いは血球層のまま待機させ、試料容器を順次サンプリング部に送り込み、サンプリングノズルから吸引した血液試料を不安定型HbA1c除去試薬を含む溶血液と混合して希釈させ、該混合液の一部を試料導入バルブの試料ループに導き混合開始から一定時間後にカラムに注入して、不安定型HbA1cを除去或いは低減した状態で測定することを特徴とするグリコヘモグロビンの自動測定方法。」

2. 先願明細書の記載事項

原査定の拒絶の理由に引用された先願特願昭61-177599号の出願当初明細書(特開昭63-36143号公報参照)には、次の事項が記載されている。

(2a) 先願公開公報 特許請求の範囲

不安定型糖化ヘモグロビンの除去試薬を含む溶血剤で希釈した試料を分離カラムに注入する前に、加熱処理して不安定型糖化ヘモグロビンを除去することを特徴とする高速液体クロマトグラフィーによる安定型糖化ヘモグロビンの測定方法。

(2b) 先願公開公報 2頁右下欄20行~3頁左上欄7行

加熱温度は、45~70℃の範囲が好ましい。該加熱温度が高い程短い時間で不安定型糖化ヘモグロビンの除去が可能であるが、70℃をこえると試料中のヘモグロビンの変性あるいは分解が起こり、分離カラムによる分離が充分でなくなるので好ましくない。一方、45℃より低い温度では不安定型糖化ヘモグロビンの除去に時間がかかりすぎ、本発明(引用先願発明)の効果を期待できない。

(2c) 先願公開公報 3頁左上欄13行~右上欄8行

本発明(引用先願発明)装置の実施態様例を第1図に示す。該装置は、高速液体クロマトグラフを基本とし、オートサンプラーの試料の吸引注入装置と分離力ラムへの試料導入装置との間に加熱装置を設けたものである。

以下、第1図により本発明(引用先願発明)を具体的に説明する。除去試薬添加溶血剤により希釈された試料をセットするサンプルテーブル(6)、試料の吸引を行う吸引ノズル(7)、試料を加熱するヒートブロツク(8)、試料計量用サンプルループ(11)、試料および溶離液(1)を分離カラム(14)へ注入するための試料導入装置(12)および検出器(16)から成り、さらに溶離液(1)を試料導入装置(12)へ導くデガツサー(2)、弁(3)および圧送ポンプ(4)、プレフイルター(13)、データプロセツサーまたは記録計(17)などの通常の高速液体クロマトグラフで使用される部分から成りたっている。

(2d) 先願公開公報 4頁左上欄10行~20行

加熱処理の温度と時間を変えて、不安定型糖化ヘモグロビンの除去効果をみ、その結果を第2図に示す。・・・無添加生新鮮血試料では、50℃加熱でも2分で良く、従来の37℃30分以上というふ置による除去に比べ、非常に短時間に処理できることがわかる。

(2e) 先願公開公報 4頁右上欄1行~7行

(実施例2)

本法と生理的食塩水による処理法である従来法と測定値の比較を行った。試料は健常人および糖尿病患者の抗凝固剤の入った新鮮血を用いた。

本法の測定条件は、ヒートブロツク加熱温度65℃、加熱時間1.5分以外の条件は実施例1と同じとした。

3. 本願発明の概要

本願明細書には、次の記載がある。

(3a) 本願明細書7頁15行~8頁4行

本発明は、高速液体クロマトグラフィにより不安定型HbA1c薬の性能に左右されるが、また反応開始後の経過時間と経過温度の関数ともなる。測定に要する時間は、サンプリングや希釈混合、送液、洗浄等の操作をする時間と加温時間の和であり、多数の試料を処理するには測定時間が短い方がよい。従って、試薬の不安定型HbA1c分解能力が低ければ、不都合例えば試料の変質を来さない範囲で検体(混合液)の送路を加温することにより反応時間の短縮が図れる。この場合、分析時間や試薬の分解能力を勘案して、測定までの時間が一定になるように、試料導入バルブ部分を含む送路の全体或いは一部を温度コントロールする。

(3c) 本願明細書20頁4行~11行

また検体15の加温時間や温度は、不安定型HbA1c除去試薬の分解能力によるが、本出願人が”21H”なる名称で販売している、リン酸化合物系の不安定型HbA1c除去試薬を含む溶血液を使用した場合、上記希釈倍率のもので、48℃だと2分40秒が最適な条件である。尚、60℃では2分、40℃では3分、33℃では4分で不安定型HbA1cの分解がほぼ完全に行なわれる。

(3d) 本願明細書21頁8行~19行

以上の説明は連続的に並べられた試料を測定する場合であり、この場合常に一定のシーケンスで作動させれば希釈から注入までの時間は一定になる。しかし、採血の時間的バラツキ等で試料容器がラック7等に不連続に置かれている場合等では、次の試料を捜すために余分な不規則の時間が必要である。緊急測定のために割込みポートに試料容器をセットした場合にも、血液試料の吸引タイミングがずれることがある。そこで、検体15のカラム19への注入が終わった時点で次の試料を捜しておき、次の注入の時間から逆算して必要なタイミングで希釈を開始させるようにするとよい。

4. 対比

本願第1発明と先願明細書に記載の発明とを対比する。

本願第1発明と先願明細書に記載の発明とは、次の点で一致している。

(一致点)

「 高速クロマトグラフィーによりグリコヘモグロビンの分画を測定する場合において、試料容器に採取した多数の血液試料を全血のまま待機させ、試料容器を順次サンプリング部に送り込み、サンプリングノズルから吸引した血液試料を不安定型HbA1c除去試薬を含む溶血液と混合して希釈させ、該混合液の一部を試料導入バルブの試料ループに導き、カラムに注入して、不安定型HbA1cを除去或いは低減した状態で測定することを特徴とするグリコヘモグロビンの自動測定方法。」

本願第1発明と先願明細書に記載の発明とは、次の点で一応相違しているといえる。

(相違点)

本願第1発明では、「混合開始から一定時間後にカラムに注入」しているのに対して、先願明細書に記載の発明では、混合後にカラムに注入しているものの、混合開始から一定時間後であるかどうか明記されていない点

5. 相違点についての検討

次にこの相違点について検討する。

先願明細書では(前記(2b)参照)、「加熱温度は、45~70℃の範囲が好ましい。」とし、

「該加熱温度が高いほど短い時間で不安定型糖化ヘモグロビンの除去が可能である」としている。

また(前記(2d)参照)、「加熱処理の温度と時間を変えて、不安定型糖化ヘモグロビンの除去効果をみた」結果、「無添加生新鮮血試料では、50℃加熱でも2分で良く、従来の37℃30分以上というふ置による除去に比べ、非常に短時間に処理できることがわかる。」としている。

そしてまた(前記(2e)参照)、実施例2においては、測定条件を加熱温度65℃、加熱時間1.5分としている。

ところで、先願明細書記載の発明は、前記(2a)に示すように、溶血剤で希釈した試料を分離カラムに注入する前に加熱処理するものであり、そして、この加熱処理時間は、前述のように、一定の時間で行われるものである。そうすると、先願明細書に記載の発明においても、混合液は、混合開始から一定時間後にカラムに注入されることになる。

したがって、この相違点は、実質的には相違点ではない。

6. むすび

以上述べたように、本願第1発明は、上記引用先願の出願当初の明細書に記載の発明と同一である。そして、本願第1発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明者と同一であるとも、また本願の出願の時に、その出願人が上記先願の出願人と同一であるとも認められないから、本願第1発明は、特許法29条の2の規定により、特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年4月24日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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